青色の空に神様がきた

Twitterの140字では書ききれないあれこれを。ブログに述べられている考察は、あくまで筆者のブログ執筆当時の考えであり、当然ながら日々勉強したり議論したりする中で考えが変わることもあります。また、このブログはいち大学院生の個人ブログであり、いかなる機関の公的見解を示すものでもありません。

【最新版】auからIIJみおふぉん(格安ケータイ)にMNPで乗り換えてみた【スケジュール完全公開】

auからIIJみおふぉんにMNPで乗り換えるまでのスケジュールを完全公開したいと思います。

 

事前準備

GW中に表参道のApple storeSIMフリーiPhone SE 128GBを購入しました。

格安ケータイへの乗り換えは、すでに持っている端末で行うのが一般的ですが、

auiPhoneの場合、iPhone6より古い端末(iPhone6含む)ではSIMロック解除ができないこと

⑵使用していたiPhone6が16GBで、常に容量不足に悩まされていたこと

⑶よく海外に行くので、SIMフリー端末を持っていることが望ましいこと

の三つを理由に、SIMフリーiPhoneを新たに購入しました。

SIMロック解除できる端末を持っている場合は、auのSIMロック解除のページから解除手続きをしましょう。ネットでSIMロック解除をする場合は、解除料は無料です(auショップへ行くと手数料を3千円取られます)。

 

Day 1(木曜日)

13:30 auMNP予約番号を発行してもらう手続きをする。0077−75470へ電話をかけると、音声ガイダンスの後にオペレーターさんと電話がつながります。言葉巧みにiPhone7を購入することを勧めてきたり、これからもauのキャンペーン情報のメールを送り続けて良いかなどを尋ねてきますが、すべて断って予約番号を発行してもらうことだけを目標に通話を乗り越えましょう。通話の最後に口頭でMNP予約番号を教えてもらえます。通話時間は10分ほどでした。

発行された予約番号は、通話終了の数分後(今回は13:51)にSMSでケータイに送られてきます。なので、通話中にメモを取り忘れたり、間違えてメモしたりしてても大丈夫です。

なおMNP予約番号を発行しただけではauは解約になりません。MNP予約番号は15日で期限が切れるようになっており、期限が切れた場合は何度でも再発行できます。

 

13:45 IIJのウェブサイトからSIMカードの申し込みが完了。

わたしの場合はすでにIIJのデータSIMを持っていたので申し込みが早かったのですが、新たにIIJのアカウントを作る場合はもう少しかかるかもしれません。

 

13:46 IIJから、本人確認書類画像をアップロードするよう求めるメールが来る。なお、このメールは文字列の都合なのか(?)迷惑メールフォルダへ振り分けられてしまう確率が非常に高いので、申し込み完了して数分しても本人確認以来のメールが来ない場合は、迷惑メールフォルダを確認しましょう(通常は申し込み完了後、すぐに来ます)。

 

16:17 ケータイで運転免許証の写真を撮り、メールの指示にしたがってアップロード。すぐにIIJから折り返し「本人確認書類画像受付完了」のメールが来る。

 

Day 1はこれで終了です。

 

Day 2(金曜日)

15:15 IIJから本人確認完了のメールがくる。 他のかたのブログも拝見したのですが、15時前後に来ることが多いようです。

 

Day 3(土曜日)

18:54 IIJからSIMカードを発送したというメールがくる。後でクロネコヤマトに問い合わせてみたところ、実は17:20には荷物の受付をしていたようです。

わたしは休みの日は午前中に起きない人間なので(笑)、クロネコヤマトのアプリから荷物の受け取り時間を14−16時に指定しました(再配達を頼むのは申し訳ないのでね)。

 

Day 4(日曜日)

15時すぎ SIMカードが自宅に到着。ヤマトのお兄さんいつもありがとう。

15:25 IIJの開通センターに電話をする。こちらは自動音声ガイダンスのみで、通話は2分ほどで終了。

16:27 auから、「解約完了」のメールがくる。これもなぜか迷惑メールフォルダに入ってました。ここでauiPhoneが「圏外」になる。

16:40 IIJから「MNP転入手続き完了のお知らせ」メールが来る。

新しいSIMカードiPhoneに装着し、SIMカードに同封されていた書類の指示に従ってIIJmioのプロファイルをインストールして設定完了。

 

SIMが届いて即日開通です。

 

特に曜日とかは関係なく、MNP予約番号発行から4日で乗り換えが完了するというのが最速(今回のケース)だと思います。

電話が使えない「空白期間」は、今回の場合はau解約完了からIIJの手続きが完了するまでの13分間でした(もしかしたらIIJはもっと早く使えたのかもしれませんが、「転入完了」のメールが来るまでSIMをiPhoneに装着しなかったので…)。

なお、手続きをすべてWi-Fiのある環境で行えば、一時的に使えなくなるのは電話だけでLINEその他のスマホの機能はすべて継続して使えます。

 

***

 

いくつか注意点。

⑴本体代の支払いが残っている場合は、引き続きauに本体代を払う必要があります。これからも分割で払い続けるか、今月の支払いで残りの本体代金をすべて支払ってしまうかを選べるようです。MNP予約番号発行の電話のときに、オペレーターさんにどちらがよいか伝えましょう。

MNP予約番号の発行には手数料3千円、さらにMNP転出が完了すると¥10,260(税込)の違約金(2年に1回の解約月以外に解約する場合)が発生します。しかし、本体代金の支払いが終わっていてもauスマホは維持するのに月々最低5千円はかかるのだから、それを思えば違約金を払ってでも格安SIMに変えたほうがトータルでは安く済みます。

MNPで乗り換えをする場合、元の契約名義(今回の場合はauスマホ)と転出先(今回の場合はIIJ)の名義が(住所なども含め)完全に同じである必要があります。加えて、SIMカードは契約に使用されている住所のところに配達されて来ます。なので、実家の住所でケータイを契約して今ひとり暮らしをしている人などは注意が必要です。

 

***

 

月々のケータイ料金は。

わたしの場合、家と大学を往復するだけの日々で、家にも大学にもWi-Fiが飛んでいるので、通信容量は月々3GBで足ります。

したがって、

900円(データ3GB)+700円(音声通話機能)+300円(留守番電話)=1900円(税抜き)

になりました。

留守番電話機能はオプションなのですが、ないとどうしても困るので付けました。

なお、IIJには電話かけ放題プランなどもあるのですが、1ヶ月に満30分間電話をかけないと元が取れない金額だったので、かけ放題プランには入りませんでした。友だちはLINEやスカイプで十分だし、そうそう電話なんかかけないよ。なので実際は、ここにさらに10円/30秒の電話代が追加されます。

格安SIMの場合は、デフォルトでテザリングiPhoneで言うところの「インターネット共有」)が使えます。なのでひとり暮らしのひとは、iPhoneをポケットWi-Fiの代わりとして使うことも見越して、6GBとか10GBとか大きめの容量で契約しても、インターネットを契約するより安く上がるかもしれませんね。

わたしはMNP転入する以前からIIJのデータSIMを使用していましたが、通信品質などに特に不便は感じません。

auテザリングオプションを付けるのになんで追加でお金を取られるのか納得が行かん・・・。

 

***

 

ぜひ参考にしてみてください。

「タバコを吸っていなければベンツが買えた」理論じゃないですが、格安SIMに乗り換えることで浮いたスマホ代であんなことやこんなこともできると想像をふくらませると楽しくなりますよ( ´ ▽ ` )ノ

ずぶ濡れでも雨宿りでもない、もうひとつの選択肢

 「やまない雨はない」って軽々しく言うな論争が、Twitterで繰り広げられている。

 

これを見ていて思ったのだ。本当に選択肢は、「ずぶ濡れになる(現実に耐える)」か「雨宿りできる場所を探す(現実に屈する)」しかないのかと。

そんなこと考えながら金曜日にMステを見ていたら、竹原ピストルさんの「Forever Young」という曲の中に、もうひとつの選択肢が示されていた。その歌詞を引用しよう。

雨宿りするくらいなら

晴れている街に駆けて行くさ

 

竹原ピストル「Forever Young」 より

 

そうなのだ。雨が降っている場所がつらいなら、その場から逃げて晴れている街に行くこともできるのだ。

「逃げちゃダメだ」とシンジくんは言った。*1でも、「逃げてもいい」のだ。目の前の現実だけがすべてじゃない。より生きよい場所を探すことは悪じゃない。それなのに、このセカイは「逃げた人」を「弱虫」だとか「臆病者」だとか言う風潮があまりにも強い気がする。 

自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思う必要はありませんよ。サボテンは水の中に生える必要はないし、蓮の花は空中では咲かない。シロクマがハワイより北極で生きるほうを選んだからといって、誰がシロクマを責めますか。

 

梨木香歩西の魔女が死んだ』より 

 いま辛い場所にいる人へ。逃げてもいいんだよ。逃げた先に居場所が見つかることもあります。心をすり減らしてまで取り組まなきゃいけない課題なんて、人生の中でそう何回もあるものではないのです。

 

余談ですが、ひとつめの引用の竹原ピストルさんが、トラック運転手役として出演している映画『永い言い訳』は、2016年の邦画のマイベストヒッツなので、関心のある向きはぜひご覧あれ。


映画『永い言い訳』本予告

*1:新世紀エヴァンゲリオン』の名セリフである。

大学卒業のご報告(と雑感)

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 フェイスブックより先にブログを更新するところが、わたしらしいですね(笑)

 タイトルの通り、無事に東京外国語大学を卒業して、大卒資格(学士号)を手にしました。

 わたしはこれから修士課程に進むので、(結果的に)学士は通過点に過ぎないような印象を与えていると思います。あえて教育社会学の専門用語を使うならば、日本は「高等教育のユニバーサル段階」と言って、高等教育進学率が50%を超える社会です。学士号を手にすることは決して難しくないし、むしろ(少なくとも、東京や大阪などの大都市圏では)「お金さえ払えれば誰にでも」の状態にあるとさえ言えるでしょう。

 

 それでも、わたしにとっては欲しくて欲しくてたまらなかった学士号でした。

 

 以前にも何度かブログに書きましたが、わたしは高校卒業後に現役で東京理科大学の物理学科に進学したものの、主に学業不振が理由で(他にも理由はあるけれど)中退に追い込まれました。19、ハタチくらいの若者にとって「大学中退」は「人生終わった」と思うには十分すぎる出来事です(今なら、そんなことないってわかるけどね)。

 だからこそ、四年制大学をきちんと卒業することは、理科大を中退したときからの悲願でした。病気も抱えながら、大学中退から人生を建て直し、大学卒業を達成できたことは、わたしにとっては大きな意味を持ちます。ひょっとしたら、この後に続く修士号よりも、わたしにとっては学士のほうがずっと思い入れの強いものになるような気もしています。

 

 わたしの、この6年間に関わりを持ってくださったすべての皆様に心より深くお礼申し上げます。皆様のご恩に報いることができるよう、これからも日々努力してまいります。

運命を司る人智を超えた存在って居ると思う

 まいどブログのタイトルをつけるのが下手で申し訳ありません。怪しい宗教の勧誘ではありません。

 

 少し前だけれど、永田カビさん作の『寂しすぎてレズ風俗に行きましたレポ』と『ひとり交換日記』を読んだ。永田カビさん自身の経験をもとにしたエッセイ漫画で、誤解を恐れずに言うならば、前者は毒親育ちのメンヘラがレズ風俗に行くまでの経緯を書いた漫画で、後者は毒親育ちのメンヘラがいかにして自立したかを書いた漫画だ。

 

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

 

 

一人交換日記 (ビッグコミックススペシャル)

一人交換日記 (ビッグコミックススペシャル)

 

  わたしは漫画家ではないけれど、色々と共感することが多く、Kindleで2冊とも購入して3回も読んでしまった。

 

 さて、ここからが本題だ。

 ツイッターでこの漫画の感想をながめていたけれど、賛否両論で、「わかる」という意見もあれば「作者クズすぎるだろ」というものもあった(ちなみにわたしは圧倒的に前者だ)。そして、ツイッターで見つけたこの漫画の感想の中で、心にチクリと刺さるものがひとつあった。それは(元ツイートを探し出せなくて残念なのだが、削除されてしまったのかもしれない)要約すると「親と確執があるのに実家に住み続けなきゃいけない人は大変だよな。自分が(親のせいで)メンタル病んでるのわかってるのに、どうして食えない職業(=マンガ家)目指すかな?」という内容のツイートだった。

 永田カビさんがマンガ家を目指すようになった経緯は本編中に出てくる。永田カビさんは元からマンガを描くのは好きだったらしいが、あまりにも親に「正社員になれ」と圧力をかけられるので、ついに正社員になるべく就活を始める。しかし、面接のたびに「あなたが本当にやりたいことはなんですか?」と聞かれ、そのたびに正直に「本当にやりたいことは、たぶんマンガです」と答えてしまう。あげく、面接に行ったパン屋さんで(永田カビさんはパン屋で長くバイトをしていたので、就活のときもパン屋で正社員を目指した)、面接官のお兄さんに「さっきまで、なんとなく来ちゃったけどどうしようという感じだったけど、マンガの話してるときだけは目がキラキラしてたよ。マンガがんばりなよ!」と言われてしまう。

 

 この、「社会的に見たら決してよい方向ではないにしても、ある特定の仕事や生き方にどうしようもなく引き寄せられてしまう」感覚がとてもわかるのだ。

 

 ここからはわたしの話をする。わたしは5,6年くらい前からずっと「研究者になりたい」と思っていた。だけど、何年か社会人経験をしてから大学に戻る人はたくさんいるので、わたしも一度は就職して、それで何年か経ったら大学に戻って研究者になろう、と思っていた。

 だから、大学3年の夏頃には普通に就活をしていた。そして、大学3年の夏休みに、ある会社で(中)長期インターンをした。そこでわたしは実力を認められ、具体的な役職名は会社がバレるので伏せるけれど、仕事を教えてもらった直属の上司に「ウチの新入社員より仕事ができる」と褒められ、仕事のあとの飲み会ではポジションで言ったら副社長くらいの人に「君はウチに来なさい」と言われ、その副社長が人事のひとに直接「この子はウチに来るから」と耳打ちしているところもこの目で見て、別の社員さんには「本音を言えば今すぐウチで働いて欲しいけど、会社を決めるって一生のことだから、このインターンを恩義に感じることないからね」という気づかいの言葉までもらった。

 

 そこまで言われた会社を、3次面接で落ちた。

 

 長期インターンしたその会社に受かるだろうけど、万に一つ落ちるってこともあるかもしれないから、いちおう人並みに就活しておこう、くらいの気持ちでいた。だけど、就活していたときのわたしはなぜかボロボロだった。肌は荒れ放題、気持ちは常にイライラして、最後には生理が止まった。

 

 そして、その会社からの不採用通知を受け取った次の日に、HSK6級(中国語版TOEFLみたいなヤツのいちばん難しい級だ)の不合格通知が届いた。

 

 わたしは元々HSKの6級を持っていた。だけど、それは外大の編入試験を受けるために短大の2年のときに取得したものだったので、HSK6級の有効期限(2年)があと少しで切れてしまう、と思って再度受験した。再度受験したら落ちた。

 

 いきなりこんなことを言うと「頭が変になった」と思われるかもしれないが(実際変なのかも知れないが)、わたしは神様っていると思う。そしてそれは別に「神様」じゃなくて「運命を司る人智を超えた存在」という呼び名でもいい。わたしには「神様」がしっくりくるので、ひとまず「神様」と呼んでおく。

 

 長期インターンした会社に落ちたとき、もう就活は辞めて大学院に行こうと思った。けれど同時に、今している中国(香港)の地域社会研究を続けることにも強い違和感があった。自分はそんなに中国語が好きではないし、中国研究で修論が書けるとも思わなかった。その話は、「大学院合格によせて」にもう少し詳しく書いたので、そちらへどうぞ。

koyukisdec20.hatenablog.jp

 

 幾重にも重なる体調不良と、自信のあった会社の不採用通知は、「君が進む道はそっちではないよ」という神様からのメッセージに思えた。そして、HSK6級の不合格は、「君が進むべき道は中国研究ではないよ」というメッセージに思えた。

 そうして、大学院には行きたい、だけど中国研究は続けたくないから外大の大学院には行けない、さてどうしよう、というわたしの「真にやりたいこと探し」の旅が始まる。数ある「中国研究ではない分野」の中から、なぜ教育社会学を選んだかというのは、長い話になるので、また今度。

 

 ともかく、永田カビさんのマンガの話に戻ると、永田カビさんだって、経済力がないから実家に住み続けないといけない自分に、そして独立したいなら正社員にならなきゃいけないのに何故かそれができない自分に、誰よりも自分自身がいちばん苛立ちを覚えていたと思うのだ。だけど、永田カビさんはどうしようもなく「マンガ家」という仕事に引き寄せられてしまって、それはほとんど「どうしようもない引力」と言ってもよいようなものだと思う。

 そして、わたしも同じように「研究者」という仕事に、あるいは「大学院」というものに、どうしようもなく引き寄せられていると感じるのだ。ちなみに大学院を受けると決めてから肌荒れは嘘みたいに改善したし、生理も再開した。

 

 インターンで実力を認めてもらえた会社に落ちたのは、わたしが気づかなかっただけで、面接でなにか言ってはいけないことを言ったのかもしれない。HSK6級に落ちたのは単なる勉強不足で、肌荒れも生理が止まったのも単に体調管理がなってなかっただけかもしれない。

 でも少なくとも、わたしはそうして導かれた今の進路に心から満足しているので、ひとまず神様はいることにしておこうと思う。

東京外大の3年次編入を受けたいと思ってる君へ

 ツイッターで東京外大の3年次編入を受けたいと思っている人に、フォローされたりDMで質問を受け取ったりすることが多いので、いちどまとめておきたいと思います。

 

 まずみんなが気になる倍率ですが、表にまとめてみました。自分が追いかけた過去3年を、表にしたものです。

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 続いて、よく受ける質問です。

⑴過去問は入試課の窓口で閲覧できます。

⑵語学のレベルについては、CEFR(Common European Framework of Reference for Languages)のC1レベルを目安にするとよいと思います。しかし、最重要視されるのは「入学後どんな勉強をしたいか」なので、あくまで目安です。

⑶面接の内容は、ゼミによりけりです。

⑷わたしは塾や予備校には行ってません。

⑸入学後は、留学に行ったり、教職を取ったりして、3年かけて卒業する人が半数くらいです。

⑹「入学後、友だちができない」ことを心配する必要はありません。

 

* * *

 

 同期や後輩がときどき、「3年次編入で入学したことを後ろめたく思う」ということを口にしているところを見ることがあります。「自分たち(1年生から東外大にいる子たち)は難しい入学試験を通ってきてるのに、裏口か勝手口かわからないところから入ってくるヤツが、ムカつかないわけないじゃん」――これは、わたしの編入の後輩が実際に口にした言葉です。

 3年次編入で入学したことを後ろめたく感じたことは、わたしにもあります。いちばんの理由は、料理店や語劇を経験していないからです。去年、外語祭のあとに知り合いの1年生に外語祭の感想を尋ねたら「あれはブラックバイト for 5daysだよ」と言っていました。料理店の店長をやっていた子に話を聞いたこともあります。外語祭の前後はみんな徹夜で作業すると聞いて、料理店や語劇を経験していないわたしに、外大生を名乗る資格はないな、と思うこともあります。

 それでも東京外大が3年次編入の試験制度を続ける理由はなんでしょうか?

 わたしは「多様性を確保するため」だと思っています。

「多様性」が東京外大の強みです。わたしが香港人とのハーフであることを打ち明けても、誰ひとり顔色ひとつすら変えない環境に出会えたのは、わたしは日本国内では東京外大が初めてです。留学生もたくさんいるし、多種多様な宗教やセクシャルマイノリティに対しても寛容です。それを勉強することこそが、東京外大の学生の仕事だからです。

 3年次編入で入学してくる生徒のバックグラウンドは、実に多種多様です。日本国内の4年制大学から編入してくる人もいるにはいるけれど、わたしみたいに短大だったり、専門学校だったり、海外の大学だったり、高専だったり。人種も、出身地も、経験も異なる人々が集まることが3年次編入の特徴です。

 料理店や語劇を経験してないぶん、1年生のときから東京外大に通っている人たちが気づかない視点を提供したり、違う経験をシェアしたりすることができれば、3年次編入の学生として受け入れてもらえた者としてのつとめはしっかり果たせたと言えるのではないでしょうか。少なくともわたしは、授業でも、ゼミでも、それがわたしの役目だと思っています。

 

* * *

 

 こんなことわざわざ書くまでもないのかもしれないけど、わたしは東京外大に入学できて本当に良かったと思っています。面白い授業をたくさん受けられたし、すてきな友人やすてきな先生に出会えたし、ここでしか得られない経験をたくさんできたと思っています。

 試験は年々難しくなっているけれど、ちょっとでもこの大学の扉を叩いてみたい気持ちがあったら、あきらめないで受けにきてほしいと思います。

 

* * *

 

 3年次編入学に関する質問は、公平性を期すためにaskで対応しています。でも、来年からわたしは東外大の学生ではなくなるわけだし、いつまで続けるかは決めていません。今のうちにどうぞ。

ask.fm

 

 それから、これは宣伝ですが、わたしが非常に信頼を置いている後輩が塾を経営していて、そこで東京外国語大学の3年次編入学対策講座をやっています。府中に足を運べる方は、ぜひ訪ねてみてください。

ikoijukukomorebi.web.fc2.com

映画『永い言い訳』の感想と考察(※ネタバレ注意)

※ほとんど自分用メモなので文章が雑です。

・冒頭のシーンで、いきなり「奥さんが旦那さんの髪を、家で切っている」ということに対する違和感→あとで伏線回収。見事。

・登場人物たちの「髪が伸びる」ことが、「時間の経過」と「切ってくれる人の不在」のふたつの意味を持っている。深い。

・登場人物たちの職業の選択が見事。本木雅弘は小説家、竹原ピストルはトラック運転手、深津絵里は美容師で、そのすべてに意味がある。

・冒頭での妻に対する本木雅弘の「語り」と、山形の警察署に行ったときの衣笠幸夫(本木雅弘)の態度で、衣笠幸夫がどういう人間で、この夫婦はどういう関係かがすぐわかる。

・竹原ピストルが演じるトラック運転手のトーチャンが最高。勉強はできないけど心は真っ直ぐなトーチャンと、そんな父のようにだけはなりたくないと揺れる息子の心。科学館のシーンでの、父「ニンニク臭い息に気をつけなきゃいけないときだってあるだろ!」息子「二酸化炭素を減らすために木をたくさん植えるほうが大事なんだよ!」はとてもいい対比だった。

・全体的な是枝裕和感。特に子どもの撮り方。調べたら西川美和是枝裕和の弟子なんですね。

西川美和の描く「なにかが欠損している家族」は、是枝裕和の『誰も知らない』の家族を思わせます。「髪が伸びる」に二重の意味を持たせるのは、そういえば『誰も知らない』にもあった表現なのよね。

・あかりちゃん(竹原ピストルの娘役)が大声で「もろびとこぞりて」を歌うシーンと、竹原ピストルが事故るシーンのBGMが「もみの木」だったので、西川美和はクリスチャンか?と思ったけど真相不明。でも少なくとも中高はキリスト教の学校だったもよう。

・映画の中の四季がよい。

・「先生、奥さんが亡くなってからちゃんと泣きましたか?」というセリフの破壊力。

・とにかく映像と音楽が美しい。静かなシーンは静かに、妖艶なシーンは妖艶に、騒がしいシーンは騒がしく。

・自分の人生と向き合えていない、自己愛のカタマリ、幼稚な感情表現しかできない男が、世界と和解していく物語。サイコー!こういう映画が観たかった。

ジェンダー観。いい意味で「女性監督だから描けた」作品だと思う。

・衣笠幸夫は、真平くん(竹原ピストルの息子)に自分を重ね合わせるんですね。

・いつでもどこでも泣く父(竹原ピストル)、泣いたことを父に秘密にしてほしい息子、妻を亡くしても泣けない男(本木雅弘)。「ちゃんと泣ける人は強い」というメッセージ。

・「永い言い訳」=人生、なんですね。本木雅弘の人生は、妻を亡くし、その死に向き合えるようになるまで、ずっと「言い訳」をして生きてきた。調べたら英語版タイトルは「Long Excuse」だそうで、まさにエクスキューズ。「自分が自分の人生と真剣に向き合わなくていいエクスキューズ」をたくさんしながら生きている人、あなたのまわりにもいませんか?

・大宮(竹原ピストル)と真平くん(息子)のケンカのシーン。「お前はたくさん勉強して、そんな口をきく人間になるのか!(正確には覚えてないけど、だいたいこんな感じ)」というのも、この親子をよくあらわしていた。学歴社会批判もあるかも。

・小説家津村啓(衣笠幸夫=本木雅弘)がグーグルで自分の評判を調べてるのと、映画『何者』が描こうとした「ネット上における自意識過剰」は、本質的には同じものでないでしょうか。

・「妻が死ぬとかつての同級生から宗教勧誘の電話がかかってくる」というのがとてもリアルだなと思いました。

・物語はハッピーエンドです。

糸井重里さんと燃え殻さんがこの映画を絶賛していた。いいんだけど、『永い言い訳』を絶賛してる層を見るに、こんなものに共感してるから、「S沢さんは昭和生まれみたい」とか言われるんじゃなかろうか……。

・同じく、「固定電話の留守録機能(!)」の描写を共感しながら観れる若者ってどれくらいいるんでしょうか。

・ネット上での反応をみるに、余韻を長く引きずるタイプの映画であるようです。わたしも半日経ったけどまだ引きずってるし、何日も引きずってる人もいる。いい映画の条件ですね。

 

 ここ3ヶ月で『シン・ゴジラ』『君の名は。』『SCOOP!』『何者』を観たけれど、ここ最近で観た作品でこの作品がいちばん良かったです。

おばあちゃんの話

 わたしの父方のおばあちゃんの話をどこかに書いておきたいので、ここに書いておく。

 

 短大の2年生だった頃、わたしはよくひとりで父方のおばあちゃんの家に遊びに行っていた。マイブームみたいなものだったかもしれない。おばあちゃんは山梨県甲府盆地のあたりに住んでいて、新宿から中央線の特急電車に乗ったらすぐ着くし、父親も親孝行がしたいのかなんなのか(?)「おばあちゃんの家に行く」と言うと交通費をくれるので、気分転換みたいな感じでよく山梨に出かけていた。

 山梨に行くと、昼間は温泉に行ったり、おばあちゃんのお気に入りの団子屋さんまで出かけたりする(車で40分!)。夜はだいたいおばあちゃんの作った晩ごはんを食べて、テレビを観たりおしゃべりしたりして寝る、みたいなのんびりした時間を過ごす。車がないとどこへも行けない田舎なので、必然的に車に乗ってる時間が長くなる。その車の中や、おばあちゃんの家で、わたしはおばあちゃんと色んな話をした。

 

 その中で印象に残っている話がふたつある。

 

 おばあちゃんとおじいちゃんはお見合い結婚をした。おじいちゃんはわたしが2歳のときに死んでしまったので(「俺は酒とタバコを我慢するくらいなら、好きなだけ酒とタバコをやって早く死ぬ!」というタイプの人間で、その宣言通り早くに死んでしまったらしい)、わたしの記憶にはいないけれど、おばあちゃんの話を聞く限り、あまりいいおじいちゃんではなかったようだ。離婚したかったけど、自分には収入がないから離婚できなかった、という話を一度だけ聞いた。それ以上に、おばあちゃんは運転免許を取りたいとずっと思っていた。だけど、おじいちゃんが取ることを許してくれなかった。だからおばあちゃんは、おじいちゃんが死んだあとに、その遺産を使って60歳にして運転免許を取った。その話を聞いたときは、わたしのおばあちゃんはスーパーおばあちゃんだ、と思った。ちなみに、わたしのおばあちゃんは今でもスーパーおばあちゃんで、80を超えているのにガラケーを使いこなし孫とメールでやり取りする。

 

 もうひとつ、会うたびに毎回聞かされる話がある。それは、おばあちゃんにはお兄さんがふたりいて、そのお兄さんたちが「男の子だから」大学へ行くことができたのに、自分は「女の子だから」洋裁の専門学校にしか進学させてもらえなかった、という話だ。自分だって高等女学校で断トツの成績だった、お兄さんたちと比べて勉強ができないなんてことは絶対になかった、だけど「女の子だから」大学へ行かせてもらえなかった。

 おばあちゃんに限らず、人は何か、自分の努力が及ばない理由で「教育を受けることができなかった」という記憶があると、あとあとの人生までずっとそれを引きずるように思う。それは当然と言えば当然かもしれない。

 

 東京大学の大学院に合格したことをおばあちゃんにメールで報告したら、「長生きして良かった。こゆきなら絶対に大学の先生になれますよ」という返事がきた。父も母も妹も笑って流していたけれど、おばあちゃんの「女の子だから」の話を聞いていたわたしは、勝手だけれど、わたしが「女の子だけど」東京大学の大学院に合格したことが、おばあちゃんにとっては大きな意味があるんじゃないか、と思った。

 例えばわたしがどこかの大企業に就職したとしても、きっとおばあちゃんは喜んでくれるだろうけど、わたしが大学の先生になるほうが、おばあちゃんは何倍も喜んでくれる、わたしのおばあちゃんはそういう人だ、と私は思う。

 

 わたしは大学院で教育社会学を専攻する。大学院での専攻に教育社会学を選んだ理由の何分の一かは、おばあちゃんに繰り返し聞かされたこの話が心に残っていたということもあるかもしれない。女の子が男の子と同じように教育を受けることは、ちょっと前までは、決して「当たり前」ではなかった。おそらく今でも、わたしが、「女の子だから○○してはいけない」ということを、ほとんど言われずに育ったことは「幸運」だったと言えるくらい、日本には「女の子だから○○してはいけない」が根強く残っていると思う。おばあちゃんの話は時代錯誤な昔話ではないのだ。

 教育社会学の研究者になるということは、「自分は○○だから、教育を受けることができなかった」という何千何万人もの人の想いを背負って研究するということなのだ(もちろんそれだけではないけれど)。そのことを、強く心に刻んでおきたいと思う。

 

 …そして、久しぶりに山梨へ行きたいな。