青色の空に神様がきた

Twitterの140字では書ききれないあれこれを。ブログに述べられている考察は、あくまで筆者のブログ執筆当時の考えであり、当然ながら日々勉強したり議論したりする中で考えが変わることもあります。また、このブログはいち大学院生の個人ブログであり、いかなる機関の公的見解を示すものでもありません。

昨今のマスコミの倫理低下の解決策を考えてみた

 こんばんは。こゆきです。

「マスコミの腐敗」がネットでは大きなトピックですね。先日、藤原帰一先生がこんなツイートをしていました。

  文字にしてみると当たり前のことなのですが、こういうことを逐一リマインドしなければならないほど、現在の日本の言論をめぐる状況は混乱していると言えるかもしれません。

 

 私は身近に記者さんやマスコミ関係者が割と多くいるので、マスメディアのことを「マスゴミ」と言って批判することには同調できません。私の知り合いの記者さんの多くは、すこぶる真面目に仕事をしているからです。同様に、「読売は自民党の機関誌で、日経は経団連の機関誌で、朝日は社民党の機関誌で…」みたいな言説にも賛成しかねます。実際に読売や日経や朝日で働く人を何人も知っていますが、彼らがそんな気持ちで仕事をしているとは、とても思えないからです。

 でも、それはそれとして、テレビや新聞を見ていて辟易することはよくあります。もう少し節度のある報道はできないのか、と思うこともよくあります。

 

「ジャーナリズム」とよく似たフィールドに、「社会学」があります。ジャーナリズムと社会学の違いについて述べると、それだけで1本のブログ記事になってしまうので、それは一旦脇へ置いておきます。

社会学」の社会調査では、研究者は厳しい倫理規定を守らなければならないことをご存じですか?

 一般社団法人社会調査協会という団体が、「倫理規定」と「人類学の研究倫理に関する基本姿勢と基本指針」というふたつのガイドラインを公開しています。どちらもネットに公開されていて、無料で全文が読めます。

 

「倫理規定」URL: http://jasr.or.jp/jasr/documents/rinrikitei.pdf

「人類学の研究倫理に関する基本姿勢と基本指針」URL: http://jasr.or.jp/jasr/documents/rinrikitei.pdf

 

「社会調査士」の資格を取る場合は、この倫理規定を遵守することが要求されます。

 

 また、「日本世論調査協会」という団体も、倫理規定をウェブサイトに載せています。

(財)日本世論調査協会[トップページ]

 

 私は、何も「社会調査士」の資格を取らなくても、それに近いことをする人たち――すなわち、現場で取材をする記者さんや、それを報道する報道関係者――の人たちは、みんなこの社会調査の倫理規定を知っておく必要があると思うのです。

 

 例えば、「倫理規定」の第3条に、次のような文言があります。ここでいう「会員」とは、社会調査協会の会員を指します。

 

第3条 調査対象者の協力は、自由意志によるものでなければならない。会員は、調査対 象者に協力を求める際、この点について誤解を招くようなことがあってはならない。

 

 つまり「ヤラセ」はいけないと言っているわけです。

 他にも第6条に、次のような文言があります。

 

第6条 会員は、調査対象者をその性別・年齢・出自・人種・エスニシティ・障害の有無 などによって差別的に取り扱ってはならない。調査票や報告書などに差別的な表現 が含まれないよう注意しなければならない。会員は、調査の過程において、調査対 象者および調査員を不快にするような性的な言動や行動がなされないよう十分配 慮しなければならない。

 

偏向」調査はダメだと言うわけです。

 

「人類学の調査に関する基本姿勢と基本指針」の中の、「倫理上の判断とその責任」という項目には、次のようなことが記載されています。

 

15. 研究者が倫理上の問題について判断を下す際には、次のことを考慮しなければならない。

1) 当事者である対象者や研究者の各個人あるいはグループは、同時に複数の異なる社会集団に 属する。

2) 各社会集団の価値観や利害は一般に相互に異なり、判断のために優先順位を検討する必要が 生じることがある。

3) 研究者は、学術的共同体の一員であると同時に、社会の一員である。

4) 研究者が個々の倫理判断において払う努力の質と量は、人々の科学や学問に対する信頼を左 右し得る。

16. 倫理上の判断を行う者は、最善の努力をもって判断に関わる要素を特定し、その判断の根拠 を明らかにしなければならない。

17. 状況の複雑さや判断の困難さは、倫理上の問題に本来的なものであり、安易な妥協の口実に してはならない。

 

「調査」される側も生きた人間であり、それに対して最大限の配慮が行われるべきで、それを「難しい」と言って投げ出してもいけない、というわけです。

 

「解決策」は具体的なほうがいいので、私は次のように提案します。

 ジャーナリストや報道関係者を志す学生には、少なくとも大学生の内に、この「倫理規定」を熟読しておくことを義務付けるべきです。あるいは、義務付けることはできなくても、選考採用の際に、この「倫理規定」をきちんと勉強した学生になにかしらのメリットが与えられるべきです。

 もっと具体的に言うなら、例えば大学の教養科目のひとつとして、「社会調査倫理」という科目を開講し、この「倫理規定」と「人類学の研究倫理に関する基本姿勢と基本指針」を輪読し、各項目について、なぜその倫理規定が必要か、それが守られない場合どんな問題が発生しうるか、学生が持ち回りでプレゼンテーションする――というような授業が実施されるべきだと思うのです。社会学の先生がいれば十分できます。

 本当はマスメディア側が新人研修でやらなければならないことなのかもしれませんが、それはとても望みが薄そうなので、「大学」側で行うことを提案しています。

 

 大学でそんな授業をやったところで、マスメディア側は採用活動のときにそれを見るのか?という疑問については、東洋経済から次のような記事が出ていたので、紹介しておきます。

 学生が大学でどんな勉強をしたかに焦点を置いて採用活動をしよう!という試みです。

toyokeizai.net

 そんなことが本当に実現可能なのか私は疑問ですが、実現するといいなあ、と思っています(大学で真面目に勉強した学生が報われる社会になるべきです…)。

 

 社会調査協会の倫理規定に書いてあることを、マスメディアがすべて遵守しなければならない、ということではありません(いや、しなければならないのかもしれないけど…)。でも、社会学の社会調査は少なくともこれくらい厳しい倫理規定の元で行われている、ということを現場で取材する記者さんは知っておくべきだと思うのです。

 

 私は「社会調査法」という授業を履修したことがあるのですが、そこで感じたことは、「社会調査」というのは、日常を非日常に変えてしまうものだ、ということです。

 その場所で暮らす人にとっては、調査員がいない状態が日常であり、調査員がやってきた途端、非日常が始まってしまいます。社会調査をする人間は、そのことを常に自覚しておくべきです。「自分たちが調査している相手も、自分と同じ生きた人間である」――昨今のマスコミは、この当たり前の原則を、忘れているような感じがしませんか?

 

 最後に参考文献を載せておきます。

www.amazon.co.jp

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 アフィリエイトにはしてないので、買っていただいても私は一銭も儲かりません(その内やり方調べるかな…)。