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青色の空に神様がきた

Twitterの140字では書ききれないあれこれを。ブログに述べられている考察は、あくまで筆者のブログ執筆当時の考えであり、当然ながら日々勉強したり議論したりする中で考えが変わることもあります。また、このブログはいち大学院生の個人ブログであり、いかなる機関の公的見解を示すものでもありません。

おばあちゃんの話

 わたしの父方のおばあちゃんの話をどこかに書いておきたいので、ここに書いておく。

 

 短大の2年生だった頃、わたしはよくひとりで父方のおばあちゃんの家に遊びに行っていた。マイブームみたいなものだったかもしれない。おばあちゃんは山梨県甲府盆地のあたりに住んでいて、新宿から中央線の特急電車に乗ったらすぐ着くし、父親も親孝行がしたいのかなんなのか(?)「おばあちゃんの家に行く」と言うと交通費をくれるので、気分転換みたいな感じでよく山梨に出かけていた。

 山梨に行くと、昼間は温泉に行ったり、おばあちゃんのお気に入りの団子屋さんまで出かけたりする(車で40分!)。夜はだいたいおばあちゃんの作った晩ごはんを食べて、テレビを観たりおしゃべりしたりして寝る、みたいなのんびりした時間を過ごす。車がないとどこへも行けない田舎なので、必然的に車に乗ってる時間が長くなる。その車の中や、おばあちゃんの家で、わたしはおばあちゃんと色んな話をした。

 

 その中で印象に残っている話がふたつある。

 

 おばあちゃんとおじいちゃんはお見合い結婚をした。おじいちゃんはわたしが2歳のときに死んでしまったので(「俺は酒とタバコを我慢するくらいなら、好きなだけ酒とタバコをやって早く死ぬ!」というタイプの人間で、その宣言通り早くに死んでしまったらしい)、わたしの記憶にはいないけれど、おばあちゃんの話を聞く限り、あまりいいおじいちゃんではなかったようだ。離婚したかったけど、自分には収入がないから離婚できなかった、という話を一度だけ聞いた。それ以上に、おばあちゃんは運転免許を取りたいとずっと思っていた。だけど、おじいちゃんが取ることを許してくれなかった。だからおばあちゃんは、おじいちゃんが死んだあとに、その遺産を使って60歳にして運転免許を取った。その話を聞いたときは、わたしのおばあちゃんはスーパーおばあちゃんだ、と思った。ちなみに、わたしのおばあちゃんは今でもスーパーおばあちゃんで、80を超えているのにガラケーを使いこなし孫とメールでやり取りする。

 

 もうひとつ、会うたびに毎回聞かされる話がある。それは、おばあちゃんにはお兄さんがふたりいて、そのお兄さんたちが「男の子だから」大学へ行くことができたのに、自分は「女の子だから」洋裁の専門学校にしか進学させてもらえなかった、という話だ。自分だって高等女学校で断トツの成績だった、お兄さんたちと比べて勉強ができないなんてことは絶対になかった、だけど「女の子だから」大学へ行かせてもらえなかった。

 おばあちゃんに限らず、人は何か、自分の努力が及ばない理由で「教育を受けることができなかった」という記憶があると、あとあとの人生までずっとそれを引きずるように思う。それは当然と言えば当然かもしれない。

 

 東京大学の大学院に合格したことをおばあちゃんにメールで報告したら、「長生きして良かった。こゆきなら絶対に大学の先生になれますよ」という返事がきた。父も母も妹も笑って流していたけれど、おばあちゃんの「女の子だから」の話を聞いていたわたしは、勝手だけれど、わたしが「女の子だけど」東京大学の大学院に合格したことが、おばあちゃんにとっては大きな意味があるんじゃないか、と思った。

 例えばわたしがどこかの大企業に就職したとしても、きっとおばあちゃんは喜んでくれるだろうけど、わたしが大学の先生になるほうが、おばあちゃんは何倍も喜んでくれる、わたしのおばあちゃんはそういう人だ、と私は思う。

 

 わたしは大学院で教育社会学を専攻する。大学院での専攻に教育社会学を選んだ理由の何分の一かは、おばあちゃんに繰り返し聞かされたこの話が心に残っていたということもあるかもしれない。女の子が男の子と同じように教育を受けることは、ちょっと前までは、決して「当たり前」ではなかった。おそらく今でも、わたしが、「女の子だから○○してはいけない」ということを、ほとんど言われずに育ったことは「幸運」だったと言えるくらい、日本には「女の子だから○○してはいけない」が根強く残っていると思う。おばあちゃんの話は時代錯誤な昔話ではないのだ。

 教育社会学の研究者になるということは、「自分は○○だから、教育を受けることができなかった」という何千何万人もの人の想いを背負って研究するということなのだ(もちろんそれだけではないけれど)。そのことを、強く心に刻んでおきたいと思う。

 

 …そして、久しぶりに山梨へ行きたいな。