青色の空に神様がきた

Twitterの140字では書ききれないあれこれを。ブログに述べられている考察は、あくまで筆者のブログ執筆当時の考えであり、当然ながら日々勉強したり議論したりする中で考えが変わることもあります。また、このブログはいち大学院生の個人ブログであり、いかなる機関の公的見解を示すものでもありません。

セキララ

4月から半年間、大学を休学することになった。

その経緯を、今日は赤裸々に書こうと思う。

 

私は高校生になった頃くらいから、慢性的にメンタルの不調を繰り返している。

PTSDに始まり、強迫神経症うつ病、フラッシュバック体験をしてPTSDの再発、デートDVを受け新たなトラウマを抱えこみ・・・気づけば自分の病名もよくわからないまま、精神科の薬に頼るのが当たり前になっていた。それでも、薬を飼い慣らし、根性で(と精神病患者が言うのも変だけれど)副作用をねじ伏せて、なんとか今日まで生きてきた。

そして、その間に4回病院を変わった。

つい昨日まで通っていた病院が、その4つの病院の中では「相対的にいちばんマシ」な病院であり、4年以上通院していた。それでも、親には「あの先生あまり治す気なさそうだし、病院変えたら」と言われ続けていた。

「精神科とか、患者を薬漬けにしてお金を巻き上げるだけの簡単なお仕事」だなんて言いたくないけど、日本の精神科医療の現状はそうなってしまっていると思う。

私の好きなブロガーのニャートさんが、「駆け込み寺を作るために仏教を学ぶことにした」という記事の中で、こんなことを書いていた。

精神科の開業医なら、3分診療で患者をできるだけ回転させて薬価の高いSSRIを処方するのが、最も楽に儲かる。
しかも、完治させずに長期間薬を処方するほど儲かる。

つまり、やぶ医者の方が儲かる仕組みになっているのだ。

nyaaat.hatenablog.com

 

精神科の先生が書いた本や、精神病当事者の手記やブログをたくさん読んだ。そしてわかったのは、「自分に合う精神科のお医者さんを探し続けて10年(その間病気は良くなったり悪くなったりを繰り返し)」みたいな出来事が決してめずらしくないということだ。

仕事や学校を投げだして「自分に合うお医者さん探し」をしている人を否定するつもりはない。それは本当に苦しい道のりなのだ。むかしツイッターで見かけた表現を借りるなら、それは「メンタルクリニックにメンタルを削られにいく旅」なのだ。

 実際、私の身近にも引きこもりをしながら自分に合う精神科のお医者さんを探してる間に高校生からアラサーになってしまった人もいる。そして、そうなるしかない日本の精神科医療の現実を、私はとても悲しく思う。

でも、でも。

私は自分の人生の時間をそんな風に使いたくはない。病院を変えなければいけないのはわかってる。でも宛てもないし、そんなことしている間に、他のことを何もしないまま10年経ってしまうかもしれない。幸い、薬の副作用は辛いけど、工夫を凝らせば日常生活をおくれないほどではないし、今の精神科に通い続けて、治ることはないかもしれないけど、悪化もしていない。

そう言い訳をして、自分の病気と薬のことを、ずっと先送りにしてきた。

 

ここからが本題である。

東大には、保健センターという施設がある。そこは内科とか精神科とか皮膚科とかひととおりの診療科が揃っているミニ病院のようなもので、東大の学生と教職員が福利厚生施設として利用できる。外の病院を探すのは大変だけれど、東大の施設なら行ってみてもいいかもしれない。そう思って、1月の終わりから東大の保健センターの精神科を受診していた。

そして、そこの先生と話し合って、薬を減らす計画を立てることにした。

少し細かい話をすると、私は3種類の薬を、4年以上に渡って使っている。そのうちひとつは、東大の先生の言葉を借りるなら「薬理的にはまだ増やしても大丈夫」な薬だけど、残りふたつは「依存性が強いので、あまり長くは使いたくない薬」なんだそうだ(「あまり長くは使いたくない薬」を4年間も使っていたという事実がめっちゃ怖いけれど、昔のことは言ってもしょうがない)。

その「依存性の強い薬」を辞めることを目標に、2月始めから薬を減らし始めて、依存性の強い薬のうちのひとつを、現時点で半分の量にまで減らすことができた。そして、薬を減らしたり変更したり(一時的に依存性の低い別の薬を)追加したりしている間は、一時的に体調が悪くなったり、気持ちが不安定になったりしやすいので、勉強と両立するのはしんどいということで、休学して治療に専念することにした。他にも、私が薬の副作用だと思っていた症状が、別の病気の症状である可能性も否定しきれないので、これから色んな検査を受けたりもする。そんなこんなで、学校を休んで自分の病気と向き合うことにした。

 

日本の精神科医療の現実は、本当に悲惨だ。

 少し精神科と関わったことのある人なら、「病院変えたら」と言われた瞬間に、もうその人のことを信用しなくなるくらいには、「ちゃんとした」精神科医を見つけるのは難しい。

私は他の人より、ほんの少し勉強が得意だったから東大の施設を利用できるけど、もしも私が病気で、かつ勉強も苦手だったら?

私はなんとか自力で薬の副作用と付き合って勉強を続けることができたけど、それが自分の努力ではどうにもならないほどにひどいものだったら?

ずっと前から言ってるけれど、日本社会というのは、常に自分が立っている地面のすぐ横に大きな黒い穴が空いていて、その闇が隙あらば私たちを飲み込もうとしているような社会なのだ。その闇に飲まれる人がひとりでも減ることを祈って、今日の話を終わりにしたい。